船木 芳朗
  • Author:船木 芳朗
  • 感謝の気持ちを常にもって、いつも「ありがとう」と言われる人になれるよう毎日が勉強です。今まで得た知識を一人でも多くの人に伝える事で、人の助けとなり喜んでもらえる事が、世の中に貢献し子孫に注がれていけば幸せです。
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船木の音沙汰
船木の感動・思い・考え・伝えたいこだわり情報を・・・・・
給料増より「残業なし・休日増」を望む新入社員が増えているワケは
給料増より「残業なし・休日増」を望む若者が増加している

2017年度の新入社員を対象に三菱UFJリサーチ&コンサルティングが行ったアンケートによると、新入社員が「会社に望むこと」について、調査を始めてから初めて、「給料が増える(34・4%)」よりも
「残業がない・休日が増える(41・5%)」
が上回ると言う結果がでました
会社に尽くすよりも自分のプライベートな時間を重視するように見える新入社員の傾向は「自分ファースト」と呼ばれ、話題になっています

新入社員たちは本当に「自分ファースト」なのか

「自分ファースト」と言うと、自分第一主義、自分が最優先、などの印象を受けます
でも、本当にそうでしょうか?私はそうではないと思っています

新入社員たちは、自分の結婚、子ども、将来の生活などについて一生懸命に考えています
会社で仕事を頑張れば幸せになれるのか
残業や休日出勤をすれば、いい仕事ができて会社に認めてもらえるのだろうか
それが本当に自分や自分の家族の幸せのためになることなのか


若者たちは考えています
そして、働き方については、確かに10年前とは違う考え方が、若者の間で広がっていると感じます

仕事と家事育児、夫婦で協力する生活があたりまえに

家庭や子どもをもっても仕事を辞めずに両立させていきたい、と考えている女性は増えています
女性だけでなく男性の間でも共働きは当たり前になりました
そして男女ともに、「家事育児も夫婦で分担したほうがいい」と考える人が増えていると感じます

多くの若い男性が、結婚後に自分ひとりで家計を支えていくのはきびしいと感じています
終身雇用制が崩れつつある現在、正社員として就職したら将来安泰で、妻子を養っていくのに十分な給料をもらい続けられる、とは、もはや新人は思っていません
妻にも収入を得続けて欲しいと考えており、そのためには、自分も家事育児を分担したほうが良いだろうと考えています
そもそも最近の若者は、男性が家事や料理をすることに対して、抵抗感や違和感はほとんどありません
育児についても、ベビーカーを押したり、抱っこ紐で赤ん坊を抱っこしたりしている若い父親を良く見かけるようになりました
また、保育園の送迎に父親が来ることも珍しくなくなりました
20代~30代前半くらいの夫婦は、家事も育児も夫婦で協力しながら共働きを続けていくことが、当たり前になってきています

それは社会から求められている働き方そのもの

「給料が増える」よりも「残業がない・休日が増える」を望むと回答した新人たちを、仕事に対して熱意が足りないと決めるのは誤解があると思います
これからの社会人には、生活のすべてを会社に依存するのではなく、「自律した働き方」をすることが求められています
最近、社員に副業を認める企業が増えてきているのも、社員に自律を求めているからです

自分の居場所を会社以外のところにも作る、リスクヘッジとして夫婦で共働きを続ける、会社の仕事以外の副業も検討するなど、若者の行動は、今の社会が求めている社会人のあり方そのものです
自分たちの将来を真剣に考えている若者たちは、求められている働き方を良く理解して実践していると言えるでしょう
日本の若者たちは、十分に熱意をもって、将来の生活に向かっています
彼らの新しい働き方に、期待をしようではありませんか
2017-05-19 (2)


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実は「頭の良い子」ほど家でダラダラしている 将来子どもが幸せになる親の接し方
子どもが自立した大人となり、食っていけるかどうかは、「親の愛情」にかかっている
「大好きだよ」という無条件の愛情が子を伸ばす--

なぜ、家でダラダラする子は優秀なのか[emoji:v-2文字色36]

「子どもが自分の願う方向に育たない」

教育熱心な親ほど悩むことが多い。「何度も何度も言ってきかせてるのに……」と
しかし、現役小学校教師の筆者はこうした親の考え方の前提である、「ウチの子は、言えば分かる・変われる」に実は根本的な間違いがあると語る

 「何度言っても、(自ら)変わらないものは変わらない」

子どもであっても、自分とは異なる存在
「他人と過去」を変えることはできない。といっても、親としての責任を放棄するわけではない
「力ずく」を脱することが子育ての原点だというのだ
では、具体的にはどう子どもと接すればいいのか
キーポイントは子どもは「思い通りにならなくて当たり前」という気持ちで接することだ
前回に引き続き、筆者が提案する3つのアイデアとは

(1)家で「ガス抜き」させ、心身を回復させる

親の言うことをよく聞き、素直に「はい」と答え、何でも真面目にやり、親の望むように育った子どもが実在します
当然、社会に出てもうまくやっていくはず
と、考えたくなりますが、そううまくはいかないものです
相手は子どもである以前に、人間です
バランスというものがあります
経験上言えるのは、学校で、成績だけでなく人格的な面も含めて「本当に素晴らしい」と賞されるような子どもは、実は家庭でダラダラしていることが多いということです
家庭訪問や面談で担任がその子どもを褒めると「信じられない。家ではひどいんですよ!?」と愚痴を聞かされることもしばしばあります
健全な子どもほど、実は家で「ガス抜き」をしているのです。子どもは本来自由で制約のない存在なのだから、ルールの多い社会では「不自然」の状態を求められることになります
誤解を怖れないで言えば、教育とは「自然のままにしておかない」ことです
教育の効果がよく現れる子どもほど矯正されるわけですから、より多くの負荷がかかります
その分、回復が絶対に必要です
その回復の場が、家庭です
親には回復させる重要な役割があるのです
だから、当然(と言っては申し訳ないが)子どもが親の言うことを聞かない事態も起きます
これも、文字通り「家庭」が「安心のホームベース」という証拠です

 なぜ、抱っこされる小学生は自立するか

 一方、家庭内で親の思う通りの従順な子どもはどうでしょう

一概には言えないかもしれませんが、これは危険な兆候といえるかもしれません
家の中でダラダラできない。そんな子は「お前は言うことを聞かないダメな子ども」という烙印を押されるのが怖いのです
だから「あなたに期待しているのよ」というプレッシャーに対し、ぴしっとします(もしくは、その振りをします)
実は彼らは、親が自分の思い通りになることを期待しているのを見抜いているのです
そこで、ガス抜きをどこでしているかというと、外の社会です
家庭では真面目な子どもが「なぜ!?」と思うような危ないところに出入りするのも、ここに当てはまります

 ガス抜きが、学校でのいじめという行為で表出することもしばしばあります

 「厳しすぎる家庭」や「過度の競争社会」の生む「一見言うことをよく聞く子ども」「一生懸命やる子ども」の起こす弊害です
そう考えると、必ずしも親の言うことを聞かない、少しダラダラしているというのも、成長の過程において意味があるといえます

 「そんなものだ」と思って、ゆったりと構えたいところです

(2)「抱っこ」で愛情チャージ。それが子の自立につながる

子ども自身にも、Iメッセージ(僕・私は~~だ、という発信)があります
読者のご家庭のお子さんは「こうしたい」という思いを表現できているでしょうか
自分を抑圧して思いを伝えられない子どもは苦しんでいます

 そこの判断基準となるのが「抱っこして」と言えるかどうかです(小学校中学年以降でも)

突然、親の膝の上に寝転がってくるようならそれも同じことです
「抱っこして」は、甘えている証拠です
親に受け容れてもらえるという安心感を持ち、素の自分をさらけ出せている証拠です
ここは、可能な限り十分に甘えさせてあげましょう
十分に甘えさせてもらった子どもは、エネルギーを蓄え、外の社会へ出て自立します
これが出せない子どもは、危ないことがあります
本当に必要な要求が出せないということです
赤ん坊に例えるなら、お腹が空いているのに泣かないのと同じです
だから「抱っこして」と言ってきたらまずは、ひと安心
十分に甘えさせてあげます

 ちなみに、「甘やかす」のとは訳が違います

これは例えば、買い物で欲しいものをねだって、だだをこねるので仕方なく買ってあげるような行為です
別の例でいえば、歩くのが疲れるからというだけの理由で、子どもを学校まで送迎してあげるような行為です

 見分け方は簡単で、それで将来子どもが幸せになるか不幸になるか考えるだけです

 甘えさせれば、人にも優しくなるなど人格が安定し、将来的に幸せになります

 甘やかせば、自分勝手のわがままになって、将来的に不幸になります


「抱っこして」は決してわがままではありません
愛情エネルギーチャージの要求です
どんなに忙しい中であっても、たとえ数秒でもいいから、「抱っこタイム」を意図的に設けて、親子で心身をゆったりと回復させましょう

中高生の子どもをぎゅっとハグする!

(3)中高生でも「大好きだよ」とぎゅっと抱きしめる

親の側にも絶対必要なIメッセージがあります
それが「大好きだよ」です。先の「抱っこ」と合わせて、ぎゅっと抱きしめて言えたら、効果倍増です
真面目にやるのが照れくさいなら、ちょっとふざけながらでもいいです
幼児や小学生だけでなく、中学生でも、何なら高校生でもやるとよいでしょう
「気持ち悪いなぁ!」とか言いながら、内心喜んでいるものです(ただし抱きしめるのは、特に母親向きの手法です
思春期の娘に父親がやるのは本気で嫌がられる可能性があるので、実施の際は関係性を考慮した上での自己責任でお願いします)

 親に大好きと言われて、嫌なはずがありません

ただ、注意点が1つあります
「大好き」が無条件であることです。「○○するから大好き」ではダメです(それを「条件付き肯定」という)
存在そのものを無条件で全肯定します
何はなくともあなたが大切というメッセージを伝えます
それが、子どもにとって、何よりも強力な心の支えになります

中高生にもなれば、塾に部活にと忙しくなり、子どもが家にいる時間は急激に減ります
我が家がリラックスの場でなくなれば、寄りつかなくなります
代わりに外の刺激を求めて、外泊するようにもなるかもしれません
温かく、ゆったりとした空気が流れる我が家、自分を受け容れてくれる我が家であれば、自然に帰ってきたくなります

別の事情として、例えば母子家庭で親が夜勤をしている場合、家に誰もいない場合があります

しかし、親に愛されている感覚があれば、誰もいなくとも、安心する我が家に帰るものです
そのためには、言葉やスキンシップなどの具体的な形で伝える必要があります
親子間といえど、「以心伝心」とはいかないもので、努力が必要です
その空気を演出するためのキーワードが「大好きだよ」です
親に心から愛されている感覚は、健全な自尊心を生み出します
これは、他の何を差し置いても最も大切です


要は、「建前でなく、本音を伝える」という1点に尽きます
俗っぽいかもしれませんが、やはり伝えるべくは「愛している」ということなのです

愛しているなら、思いは伝えても思い通りにしようとしない
愛しているなら、甘えさせても甘やかさない


思い通りに動かすことも相手の要求通りに甘やかすことも、バランスの悪い両極端の行為であるとわかります
まずは本気・本音をきちんと伝えて、子どもの反応や変化についてはゆったりと楽しんで見守っていきたいものです


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なぜ超一流ほど「二つ折り財布」を選ぶのか こだわるアイテムは財布よりも“アレ”
ファーストクラス
そこは、搭乗者のうちたった3%の人間しか立ち入ることのできない“知られざる世界”である
そんな特別な空間で、真のビジネスエリートたちが見せる素顔とは。元CAの美月あきこ氏が解説する

よく、「お金持ちは、高級ブランドの長財布を使う」と言われているが、日系、外資系航空会社のCA(キャビンアテンダント)として、ファーストクラスで数多くのVIP客へのサービスを担当してきた美月あきこ氏はこれには疑問を感じるという

ファーストクラスの常連であるビジネスエリートの方々が多く使っていたのは、二つ折りのシンプルな財布です
特定のブランドにこだわっている様子はなく、使いやすさ、スーツの内ポケットにスマートに入る大きさを重視しているようでした
もちろん、財布がお札やカード類でパンパンになっていることはありませんでした」


財布がスッキリ薄いのは、現金を必要以上に持ち歩かず、カードで支払うスタイルが定着していることもあるだろうが、ちまたに広がる「二つ折り財布(お金を折る)では、金持ちになれない」というジンクス(?)は、ファーストクラスに乗る超一流ビジネスエリートたちには当てはまらないようである
「ビジネスクラスやエコノミークラスほど、ブランドロゴが全面に刻まれた財布をお持ちの方が多いですね」
ビジネスクラスではとくに「頑張っている自分」を主張したがるビジネスマンが多いのだろうか
使い切れないほどの機能がついたシステム手帳、分厚いブランド財布を持ち歩き、つい「仕事ができるオレ」「経済的にも余裕があるオレ」をアピールしてしまうように思える
仕事における酸いも甘いも経験し、ファーストクラスを利用するに至っている超一流のビジネスエリートたちにとっては、もはや「人からどう見られるか、どう見せるか」よりも、「自分がどうなのか」にこだわりがあるのである。
美月氏によると、ファーストクラスの顧客がこだわりを見せるのは、むしろ財布よりも“靴”だと語る
「靴は、いつもピカピカに磨かれています
リペアされ大事に使用されているのもわかります
搭乗後、みなさんプリセットされているスリッパに履き替えられますが、脱いだ靴の置き方に見事に共通点がありました」

ビジネスエリートたちは、脱いだ靴をキレイに揃え、邪魔にならないよう、人目につかないよう通路から遠い位置に置くのだそうだ
「揃えて置くのは、日本人として躾けられたなら当然だ」と、思う人もいるだろう
しかし、このマナーができていないビジネスマンは案外多いのも事実だ
居酒屋の宴会場の上がり口に、くたびれたビジネスシューズが散乱している光景に見覚えのある人もいるだろう
現にエコノミークラスでは、脱いだ靴が通路に転がっていることも多いという

「ある高級旅館の女将にお聞きした話ですが、靴の脱ぎ方、上がり方でその人の人となりがわかるのだそう
やはりビジネスでトップに上りつめた方々は、脱ぎ方もきちんとされているそうです
ファーストクラスの方々も例外なく、きちんと脱がれ、しかも靴の中が見えないように、あらかじめスリッパと一緒にご用意しているミニ靴ベラやシューズクロスでわざわざ隠してから、奥に置かれます」

足の裏は汗腺が集中している部分でもある
目に見えずとも汗や脂で汚れているのは当然だ
その汚れを他人に晒すのは失礼と思う感覚さえも、ビジネスエリートたちに共通しているのだ
「足元を見られる」とはよくいったもの
靴の状態や扱いいかんでその人物の印象が左右されるのだ
「コートや上着も座席の背もたれにはかけず、CAがハンガーにかけやすいようにと、わざわざ向きを変えて持っていてくださったり、渡してくださいます
クルーへの気配り同様、ご自身の衣類を大事になさる姿勢にいつも感心させられました」

日頃使用するモノへの愛着とこだわり、そして丁寧な扱いは、ビジネスエリートの証しのようだ

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男性が気を許した女子にしか話さないことって?
男性はプライドの生き物、とよく言いますね
いくら彼女にだって、そうやすやすと言えないことも多いですよね
恥ずかしがって普通は言えないことも、気を許した、通じあっている相手になら話してくれることも
聞いていてあまり気持ちよくないものもたくさんありますが……その辺は我慢するとして

今回はこれを彼が私に言ってくるのなら、結構わたし、愛されてる
というものをお伝えします

小さい頃の話

小さい頃の話には、両親や兄妹も登場しますね
心を許した相手にしか、家族の話はしないと思います
小さい頃の話は、自分のことをもっと知ってほしい、自分の根本をわかってほしいというシグナル
ただし、幼少のころのトラウマを話してくる相手も過去にいて、そのときは親身に聴いているフリをしながらも、
「早くやめてほしいな」と思っていましたが……
反対に女性側からすると、相手の過去話を嫌がらずに聞けるかどうかが、相手のことを本当に好きになれるか、の判断基準になります

自分の苦手なこと・欠点

プライドの高い男性は、自分の苦手なことや欠点を自分から言おうとしません
でも、「俺、実はこれは出来ないんだ」「こういう性格だから、うまくいかないことがあるんだ」というように、自分のマイナスポイントを語ることのできる相手は少ないのです
自分の欠点や恥だと思っている、部分を言ってくれるのは、相当信頼されている証拠。こちらから相手の欠点を指摘したときに、素直に聞き入れてくれるのも同じですね

相手の欠点(特に自覚していること)

これは言われてムカっ
とすることもありますが、ちゃんと面と向かって相手の欠点を言う人って少ないと思います
相手に欠点を直してほしい、と真剣に思っているから言うわけで

ポイントは悪口を言うのではなくて、相手のことを真剣に考えて言ってくれるかどうか
単に毒舌な人もいますから
もちろん、ケンカになることもしょっちゅうで、別れにつながる大ゲンカになることもあります
でも、自分のことをちゃんと見てくれているのだな、とプラスに捉えることもできなくはない(複雑な気持ち)ですね

過去の恋愛

男性は元カレと比較されることをとにかく嫌うので、女性の過去の恋愛話を聞きたがらないですよね
でも、なぜか男性は元カノの話をしてくることも
不平等だなあ、アタマにくるなぁ
と思うかもしれませんが……
こいつには過去の話をしても嫌がられない、自分の過去を受け入れてくれる、と思っている甘えなのでしょう
いつか私も過去話の一つにされてしまうのかな、、、と不安に思うこともありますが
付き合いたての頃はどんなカップルもうわべの話しかしないと思いますが、彼とどこまで深い部分を共有できるかが、長く続くかのポイント
本当に好きな相手と言うのは、聞きたくないことでも素直に聞ける相手なんだな、と思います
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継続的な対人関係に不可欠な「自他境界」 自分と他者は別のものと理解する
人間関係とは

この世に生まれた人はだれでも、生まれたその瞬間から、一人で生きることはできません。望む・望まないに関わらず、常に誰かとの関わりの中で生きています
「自分は一人で生きていける」と思っている人もいるかもしれませんが、それはある意味幻想です
動物のように自分で狩りをするわけでもなく、誰かが作った服を着て、誰かが生産した食物を口にしている以上、人間は社会の中で生きています
人間関係は常に悩みの種であると同時に一方で、人生を豊かにする上では不可欠のものでもあります

人間関係の悩みとは

アドラーは「悩みとはすべからく対人関係の悩みである」と言っています
なるほど、社会の中で生きている以上、悩みは自分とそれ以外―家族、友人、同僚、近所の人などのかかわりの中から生み出されます
つまり、自分ひとりで山の中にいて、他者とのかかわりなく過ごすのであれば、他者と比較したり、他者との軋轢(あつれき)による悩みはないでしょう

自他境界とは

自他境界とは、「自分と他者は、別のものである」という境目、「壁」のようなものです
これは物理的なことのみでなく、精神的なことを含みます
自他境界は、赤ちゃんの生後大体半年以内に、養育者との関係性から生み出されます
赤ちゃんは母親と一体で、境目がありません
ふわふわとしていて、自分と周りの人や環境との境目がぼんやりしています
自分がおぎゃあと泣けば、おっぱいが与えられ、おむつを変えるたりあやされたりする
あたかも、すべて自分の力のようだと感じ万能感を抱きます
段々と、実は自分と母親は別のものであると気づき、コミュニケーションも抱っこなどの身体的関わりから言葉によるかかわりになっていきます
この移行が上手く行かないことが起きています

自他境界があいまいだと何が起こるか?

自他境界があいまいなことは、特に20-30代の方に多く見受けられます
「自分と周りの人たちは、別のものであるという境目」が明確に理解できていないことは、様々な不安や葛藤の原因になります
一つ目は、「他者は自分と違う考え方をするかもしれない」ということが思い浮かばないということです
「自分が考えていることは絶対正しい」「自分が考えていることは、相手も考えているはずだ」と考えます
具体的に言うと、自分の片思いに過ぎないのに、「気持ちは相手も同じだ」と思い込んだり、「自分がこんなに困っているんだから、気持ちは相手に伝わるはずだ」と思い込みます
ですが、実際には相手が解るはずはないので、不要な怒りや不安、葛藤を抱え込んだりするわけです
「他者には別の考え方があり、他者は自分の思いのままにならない」、ということが理解できないのです

周りからの影響を受けやすい

もう一つの問題点は、周りからの影響を受けやすいという点です
自分と他者は別のものだと思えないために、他者、特に周りのことを考えない「侵入的な人」に振り回されてしまいがちです
相手の要求をうけいれてしまい嫌だと言えない、要求をはねつけることができない
相手に振り回され、傷つけられ、他者が怖くなってしまうこともあります

自他境界があいまいであることの最も大きな障害

自他境界があいまいであると、継続的な対人関係が難しくなります
自分のことをわかってもらえない、相手に振り回される、傷つけられる
苦しいはずです
耐え難いはずです
結果として、自分ひとりのほうがいいという結論に到達し、それまでの友人を一度すべて清算してしまうということも珍しくありません
その時はすっきりするとは思いますが、この手段は何回も使えるものではありません
同じことを繰り返せば、自分に対しても評価が低くなりますし、傷つきも抱えてしまいます

自分も相手も尊重 自分が相手を変えることはできないというスタンスが大切

自他境界を強くするにはどうしたらよいでしょう
これは、魔法のように一発で、というのは難しく、その壁をイメージとして意識して、自分も相手も尊重していく(OK)、自分が相手を変えることはできない、というスタンスを少しずつ身に着けることが必要です
「自分はこう思うが相手はどうか?」「相手はこう言っているが、自分はどうか?」「相手の意見が嫌だ、耐えられない。上手く断ろう」ということを考えたり認識し、スキルを磨いていくことが必要でしょう
ご自身で少しずつ意識していくことも良いでしょうし、カウンセラーなどに相談して、具体的な方法を進めていくのも良いかと思います
自他境界は、社会で生きていくために必要な土台となるものです
今一度見つめてみてはいかがでしょうか
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